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出島和蘭商館跡
出島和蘭商館跡
長崎に行ったら、ぜひとも寄ってみたいと思ってたのが、ここ、出島です。
現在ではビルに囲まれ、直ぐ目の前が海だった往時の面影はほとんどありませんが、出島のあった敷地内に当時の建物を復元し、資料館として公開しています。

ところで、出島で知っていることといえば、鎖国政策の江戸時代に、唯一海外との窓口であったことぐらいで、それ以上のことはほとんど知りません。
詳しく勉強するいい機会なので、張り切ってまいりましょう。

出島和蘭商館跡
歩いて数分で端から端までたどり着いてしまうくらい狭いのが、出島でした。
元々、キリスト教禁教のため長崎のポルトガル人を収容するために造られた出島ですが、彼らは後に追放され、出島にはオランダ商館が設置されます。
以後、オランダとの交易の舞台となるのが、出島です。
商館のオランダ人や外国船の乗組員は、狭い出島の中にずっと閉じ込められたままで、本土への上陸は許されません。
檻のない牢屋のようなもので、まさに収容所といえるでしょう。
次の船が来るまで、ここに数年間も閉じ込められることもザラで、不自由な生活に耐えかね、日本人女性とよしみを通じて、こっそり脱出した外国人船員もいたそうです。

出島和蘭商館跡
出島乙名(役人)の扮装をしたおじさんが、詳しく解説してくれます。
「年金だけじゃスナックの飲み代まで足らないので、ここでアルバイトして稼いでます」って、笑わせてくれました。
おっと、オバちゃん、写真撮ってるのに、いきなり横から出てこないでよ。

出島和蘭商館跡
オランダ商館長(カピタン)のいた、カピタン部屋です。
変わった形の階段がついてます。

出島和蘭商館跡
部屋は畳敷きになってますが、商館員たちは寝る時と風呂に入るとき以外はずっと靴を履いたままでした。
当然、畳の上でも靴を履いたままです。

出島和蘭商館跡
寝室です。
ベッドのサイズが短かったので、上半身は壁に持たれ足を伸ばして寝たそうです。

出島和蘭商館跡
カピタンの食卓です。
豚が、なんかくわえてますね。

出島和蘭商館跡
表門が復元されてます。

出島和蘭商館跡
出島の外れの方に、ミニ出島が再現されてます。
現在のように出島が復元されるまでは、周辺は完全に埋め立てられていたそうです。
ようやく昔の姿に戻すための活動が本格化してます。

出島和蘭商館跡
東インド会社のマークの入ったアーチです。
「これは値打ちものですよー」って、おじさん力説してました。

出島和蘭商館跡
現存する、日本最古の神学校の旧出島神学校です。

出島和蘭商館跡
資料館のスペースには面白そうな展示がいろいろありましたが、内部が薄暗くてうまく撮れませんでした。

出島和蘭商館跡

出島和蘭商館跡

出島和蘭商館跡

出島和蘭商館跡
こちらは乙名部屋です。
カピタン部屋に比べると、すごく狭いです。

出島和蘭商館跡

もっと時間に余裕があれば、眼鏡橋や思案橋なんかも見物したかったんですが、長崎は見どころが多すぎて時間がいくらあっても足りません。
次に来るときは、もっとゆっくり廻りたいなあ。



出島和蘭商館跡
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長崎市内の「出島オランダ商館跡」にやってきました。鎖国時代、唯一西洋に向けて開かれていた貿易の窓口、「出島」。市中に雑居していたポルトガル人を一箇所に集めて住まわせたというこのエリアを国指定史跡として復元する事業が、今も進められているそうです。受付で確認したら、わんこOKでした。施設内に入るなり、トイレ交代で待たされるさくら。原型は失われたと書いてありますが、もともと扇形をしていたんですね。当時の町...
「出島オランダ商館跡」お出かけ



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資料館 | 22:28:52 | トラックバック(0) | コメント(2)
長崎原爆資料館
長崎原爆資料館
長崎は観光地であるだけでなく、広島に次ぐ、被爆地です。
普段はゆるゆるレポートのワタクシですが、たまには真剣にミュージアムを見学してみましょう。

長崎原爆資料館
被爆前の長崎の様子から、展示はスタートします。

長崎原爆資料館
そして原爆が投下されました。

長崎原爆資料館
爆弾の形状から、ファットマン(太っちょ)と呼ばれます。

長崎原爆資料館
長崎は一瞬で、死の街に変わりました。

長崎原爆資料館
給水塔の鉄骨は、アメのように曲がってます。

長崎原爆資料館
浦上天主堂は崩れました。

長崎原爆資料館
ガラスがぐんにゃり溶けて曲がるほどの熱風の中に、人々はさらされました。
想像もできないほどの、苦痛と恐怖です。

長崎原爆資料館
展示品を見ていくにつれ、ワタクシ、胸が潰れるような気持ちになりました。

長崎原爆資料館
反核を訴えるコーナーです。
今も世界のあちこちで、戦争が続いています。
争いのない世界の実現は非常に難しいかもしれませんが、それでも永遠に訴え続けていくことが、核で命を奪われた犠牲者に対する最大の鎮魂でしょう。

長崎原爆資料館
未来を生きる子らの像

長崎原爆資料館
原爆殉難教え子と教師の像



長崎原爆資料館
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長崎旅行二日目は朝から雨、風も結構強く、屋外の写真撮影は困難最初に長崎原爆資料館を見学しました螺旋階段を下りて展示場に向かいますこの時期は修学旅行でたくさんの学生が訪れており、観光バスのバスガイドさんが沢山いました入ってすぐの所にある壊れた時計原爆が爆発した11時2分を指したまま壊れてしまった時計被爆直後の様子を再現した展示室。奥に見えるのは、浦上天主堂の模型被爆の惨状を映した映像被爆した「浦上天主...
長崎への旅(2013年5月)-9



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資料館 | 11:27:43 | トラックバック(0) | コメント(6)
雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)
雲仙岳災害記念館
本日訪れたのは、長崎県島原市の雲仙岳災害記念館です。
別名、がまだすドームともいい、「がまだす」とは、この地方の方言で、「頑張る」という意味です。
火山被害にも負けずに、みんなで頑張って復興していこうという、強い意思が感じられる名前です。

雲仙岳災害記念館
「島原大変肥後迷惑」という言葉があるように、この地は江戸時代に大規模な火山災害に見舞われました。
中央の茶色い山肌の普賢岳が噴火し、それを引き金として画面右の眉山が大きく崩壊しました。
中腹から丸く抉れたようになってますが、大量の土砂が有明海に流れ込み、対岸の肥後天草が津波の被害に遭いました。

そしてまた、平成の世にも雲仙普賢岳の火山被害がこの地を襲ったのです。
火砕流から必死に逃げる消防車の映像を、リアルタイムでテレビで見た人も多いのではないでしょうか。
雲仙岳災害記念館は、火山災害のすさまじさを、映像と数々の展示で体験させてくれるミュージアムです。

雲仙岳災害記念館
平成3年に起こった大火砕流直後の様子を、実物大に再現してあります。
別世界のような光景に唖然とします。

雲仙岳災害記念館

雲仙岳災害記念館
火砕流の直撃を受けた機材などの実物が展示してあります。

雲仙岳災害記念館

雲仙岳災害記念館

雲仙岳災害記念館
江戸時代の「島原大変肥後迷惑」の様子を、立体紙芝居で上演してくれます。

雲仙岳災害記念館
凝った作りでわかりやすく、面白かったです。

雲仙岳災害記念館
こちらは火山に関するお勉強コーナーです。

雲仙岳災害記念館

雲仙岳災害記念館

雲仙岳災害記念館

雲仙岳災害記念館
雲仙岳災害記念館のお隣に、なにやら大きな像が建ってます。
これは以前、代々木競技場のサムライブルーパークにあった坂本龍馬像だそうです。
縁あって、島原の地に寄贈されたものです。



雲仙岳災害記念館
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 長崎を出て宿で就寝。本当なら次は「おはよう城」のコーナーなんですが、その次の話の繋がりから、先にこちらを説明します。 雲仙岳は長崎県島原半島に位置する活火山。普賢岳、国見岳、妙見岳の三峰に野岳、九千部岳、矢岳、高岩岳、絹笠岳の三峰五岳の総称だそうです。そのうちの普賢岳では、1990年11月に「平成噴火」と呼ばれる火山活動が活発化し、それは1996年の噴火終息宣言まで続きました。 「溶岩ドーム」「火砕流」「...
海を行く~雲仙普賢岳を行く 前編



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資料館 | 20:18:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
海上自衛隊佐世保史料館(セイルタワー)
海上自衛隊佐世保史料館
軍艦大好き人間にお勧めなのが、長崎県佐世保市の海上自衛隊佐世保史料館(セイルタワー)です。
ご存知のように佐世保は、横須賀や呉とならぶ旧軍港で、現在でも海上自衛隊や在日米海軍の基地があります。

海上自衛隊佐世保史料館
内部は1階から7階まで、海上自衛隊や旧日本海軍の歴史資料やミニチュア模型などが多数展示されてます。
残念ながら内部は撮影禁止なので、雰囲気をうまく伝えることは難しいですが、日本海軍のお勉強をするにはうってつけの施設です。
しかも無料なのがいいですね。

海上自衛隊佐世保史料館
写真が撮れる、入口のコスプレコーナー。

海上自衛隊佐世保史料館
そして展望ロビーも撮影可です。
遠くに見えるのは、米海軍の揚陸艦、「ボノム・リシャール」と「グリーン・ベイ」です。

海上自衛隊佐世保史料館
佐世保インターを降りてすぐのところには、海上自衛隊の「あまぎり」と「さわぎり」の姿がありました。
いずれも護衛艦です。
ワタクシ、大和ミュージアムや、舞鶴の自衛隊桟橋を思い出しました。



海上自衛隊佐世保史料館(セイルタワー)
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海上自衛隊佐世保史料館には、海上自衛隊や大日本帝国海軍に関する史料が満載です。特に7階の映像ホールのビデオがいいです。現在の戦力など良くまとまってますね。。それと、第二次大戦時、日本軍は敵の空母や戦艦を攻撃目標にしていたが、米軍は海軍工廠(武器製造工場)を攻撃目標にしていたことが、勝敗を分けた一因との記載に興味を持ちました。兵器工場をたたかれると復旧に時間が掛かるのに対し、戦艦空母をたたかれても一...
海上自衛隊佐世保史料館



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資料館 | 00:04:14 | トラックバック(1) | コメント(4)